貧乏旅行の話

8.インドシナ諸国を旅する

インドシナへの旅に出る

通貨事情

インターネット事情

インドシナ5ヶ国の経済状況

インドシナへの旅に出る

 インドシナ諸国は以前から一度訪ねてみたいと思っていた。特に現在も軍事政権で半鎖国状態にあるミャンマーと江戸時代の日本人が祇園精舎と考えていたカンボジアのアンコールワットに行きたいと憧れていた。1974年下旬ヨーロッパからの帰りに訪問する計画も立てたことがある。しかしインドシナはベトナム戦争で揺れており、周りのラオス、カンボジア等の国々も戦争状態にあり訪問は難しかった。
 その後ベトナム戦争が終結し、米ソ二大国家による冷戦構造も終わりを遂げ、世界状況は大きく変わることになる。それと共にインドシナ半島にも平和が訪れた。
 
 1946年フランスはベトナムの再植民地化を計る、第一次インドシナ戦争開始
 1975年4月30日サイゴンからアメリカ軍が完全撤退しベトナム戦争終結

 1975年12月ラオス人民民主共和国の樹立

 1975年 4月民主カンボジア政府樹立
 1979年 1月ベトナムに支援されたカンボジア人民共和国の樹立、三派連合との二重政権状態となる
 1991年10月パリ和平協定締結
 1993年 9月カンボジア王国の誕生
 1998年 4月ポルポトの死亡によりクメールルージュ解体
 1998年 7月総選挙が実施され新政府が発足

 最後までインドシナ半島で内戦状態にあったカンボジアもこのところ安定して来ている。私には金はないが自由な時間は十二分にある。図書館に通い旅行案内書を読み、インターネットで最新の情報を入手した。3ヶ月余りの準備期間で訪問地、出発日も決定した。最後に3ヶ月間有効の安い航空券を手に入れいざ出発となった。
 2002年1月下旬ザックを背負い久しぶりの貧乏旅行に出かけることにした。

訪問国と訪問地

 ミャンマー連邦
TOKYO - (航空機) - BANGKOK - (航空機) - YANGON
YANGON - TAUNGGYI - NYAUNGSHWE(INLE LAKE) - PYIN U LWIN(MAYMYO) - MANDALAY - BAGAN - YANGON - BAGO - YANGON

 タイ王国
YANGON - (航空機) - BANGKOK
BANGKOK - LOPBURI - PHITSANULOK - SUKHOTHAI - CHIANG RAI - CHIANG SAEN - CHIANG KHONG

 ラオス人民民主共和国
CHIANG KHONG - (ボート) - HUAY XAI
HUAY XAI - PAKBENG - LUANG PRABANG - VANG VIENG - VIENTIANE

 タイ王国
VIENTIANE - (バス) - NONG KHAI
NONG KHAI - KHON KAEN - NAKHON RATCHASIMA(KHORAT) - ARANYA PRATHET
 
 カンボジア王国
ARANYA PRATHET - (三輪タクシー) - POIPET
POIPET - SIEM REAP - PHNOM PENH - BATTAMBANG - POIPET

 タイ王国
POIPET - (三輪タクシー) - ARANYA PRATHET
ARANYA PRATHET - BANGKOK
BANGKOK - (航空機) - TOKYO

 ベトナム社会主義共和国
TOKYO - (航空機) - BANGKOK - (航空機) - HANOI
HANOI - (バス) - HALONG CITY - (船) - CAT BA
HANOI - (バス) - SAPA - (バス) - BAC HA
HANOI - (鉄道) - HUE - (バス) - HOI AN - (バス) - NHA TRANG - (バス) - DALAT - (バス) - HO CHI MINH
HO CHI MINH - (バス) - MYTHO - (船) - MEKONG DELTA
HO CHI MINH - (バス) - TAY NINH - (バス) - CU CHI
HO CHI MINH - (バス) - PHNOM PENH

通貨事情

 インフレ率が高く自国通貨に信頼が低い国々は最も世界に流通している外貨米国ドルを平行して使うことになる。これらの国々はホテルや交通機関など金額の大きい物はドルかバーツ支払いが習慣となっている。
 日本出国時の米国ドル交換レートは$1=¥135であった。(2002年1月下旬)

 ミャンマー
 ミャンマーの一次通貨はチャットであるが、中国で印刷されている兌換銀行券(FEC)が二次通貨として使われている。ミャンマー入国時に強制両替200米国ドルが一般の旅行者に義務付けられている。これは米国ドルとFECが一対一で交換される。ホテル、鉄道、航空機、入場券等はこのFECか米国ドルにて支払う。町中での支払いは一次通貨のチャットなので両替が必要となるが銀行では公定レートでしか両替してくれない。ホテルや、両替商、商店、闇ドル屋で両替することになる。闇レートでは米国ドルとFECでは交換率に違いがあり、米国ドルをFECに両替する場合にも同一ではない。
 $1=600−750kyat(チャット)

 タイ
 当然のことだが総ての支払いは自国通貨のバーツを使う。
 $1=43.2baht(バーツ)

 ラオス
 タイの経済に依存するところが大きく、ホテルなどの支払いはバーツか米国ドル。町中の支払いはほとんどがキップである。
 $1=9450kip(キップ)

 カンボジア
 タイの国境近くはバーツ、それ以外は米国ドルが一般的に提示される。現地通貨に一切両替しなくても済ますことも可能である。しかし相手が現地通貨を持ち合わせない場合はお釣りが貰えない可能性もある。タイとの国境の町ポイペットの税関側には両替所はない。銀行では日本円を米国ドルやタイバーツに両替してくれる。
 $1=3900riel(リエル)

 ベトナム
 銀行やホテルなどで両替可能。トラベラーズチェックも銀行では両替可能。当然ながら交換レートは銀行の方がよい。ホテルやツアーなどの支払いはドル払いが一般的。
 $1=15000dong(ドン)

インターネット事情

 今回旅をしていて感じたことは旅行者の家族や友達への連絡手段も昔と比べ大きく変わっていることだった。インターネットの普及により以前は難しかった知人からの連絡も自分のメールボックスにアクセスすることにより簡単に出来るようになった。だからといって旅先から郵送される絵葉書の価値がなくなった訳ではない。
 通信衛星を利用する携帯電話の普及により通信手段はさらに便利になるであろう。しかし旅先の辺境の地に電話が掛かってきたら旅行者は現実世界に引きずり戻されせっかくの旅行ムードも台無しだ。

 ミャンマー
 町中にインターネットカフェはないに等しい。ホテルなどに設置されたコンピュータにより電子メールのやり取りは出来るが一般的ではない。CIAの2000年統計によるとインターネット接続業者(ISP)は1社、利用者は500人となっている。これも現軍事政権の個人情報の監視、情報閉鎖の一環による。
 外国人は許可なしに携帯電話を国内に持ち込めない。地方に行くと普通の回線電話も一般的ではない。バスターミナルの事務所にさえ電話はない。電気供給事情が悪くよく停電する。その為ホテルは何処も自家発電器を持っている。インターネット以前に要はコンピュータを使える環境がそもそも整っていないのだ。

 タイ
 観光客の滞在する町にはインターネットカフェがだいたいある。使用料金は1分1バーツ位から、ホテル等では1分3バーツ位まで。日本人の多い所では日本語FEPも組み込まれていて日本語入力も可能だ。バンコックでは通信速度もそれなりに早いが、地方に行くとコンピュータの反応が途端に遅くなる。回線状態が悪いのか、1台の56kモデムに何台ものコンピュータを繋げているからかは不明だがとにかく遅い。スコータイのカフェでインターネットをしていた時「これ超遅い」と日本人の女の子が突然スットンキョに言った。その言葉に反応し顔を見合わせたのは私以外に彼女の友人等ら3−4人いた。
 観光客の少ない都市ではカフェを見つけるのは難しい。ISPは15社、利用者は100万人(2000年統計)

 ラオス
 ビエンチャン、ルアンパバン等の都会にはインターネットカフェがある。
ISPは1社、利用者は2000人(2000年統計)

 カンボジア
 プノンペンの安宿キャピタルの経営するカフェに行きインターネットを試みた。余りにもプラウザの反応が遅いのでコンピュータを替えて貰おうとしたが、店の責任者からここは遅いのが当たり前と言い放されてそのまま出てきたことがある。バッタンバンでは1台しかないコンピュータでインターネットにアクセスしてみた。電話回線使用としては納得できる速度は出ていた。しかし日本語入力環境はなくメール作成は不可能であった。使用料も10分1ドルと驚異的な金額であった。
 ISPは2社、利用者は不明(2000年統計)

 ベトナム
 ホテルや観光客の集まるところにはインターネットカフェがある。
ISPは5社、利用者は40万人(2000年統計)

インドシナ5ヶ国の経済状況

 今回訪問した4ヶ国に加えベトナムと日本の状況も比べてみた。人口はベトナム、タイ、ミャンマーの順で多く、カンボジア、ラオスは小国と言える。一人当たりの国内総生産(GDP)はタイがずば抜けて高く他の国々は団栗の背比べ状態である。タイがインドシナ諸国の経済的中心であることがよく解かる。

 道路状況はタイが都会や地方の差が無く全般的に良く、ラオスも国道13号線のLUANG PRABANG - VANG VIENG - VIENTIANEは二車線で良い方だ。ところがミャンマーは地方に出ると幹線道路でも道幅は二車線あるが舗装は中央部一車線だけとなり車のすれ違いごとに車は止まったり低速で走ることになる。山岳地帯に入ると道幅は狭く大型車同士のすれ違いに苦労することになる。
 最悪はカンボジアで幹線道路SISOPHON - SIEM REAP - PHNOM PENHの国道6号線、PHNOM PENH - BATTAMBANG - SISOPHONの国道5号線は道幅は広いが舗装は穴凹だらけで橋が何処も悪く幅も大型車一台分と狭い。車は道路の穴を避けて走るため未舗装の路肩を走る事が多く乾季は埃だらけになる。

 タイでは乗用車やピックアップトラックの新車も走っていて中間所得層の拡大を伺わせる。ミャンマーではバス、乗用車、トラックなど8割以上を日本の中古車が占めおり、新車を見ることは少ない。道路は日本やタイと違い右側通行のため車の運転席と合わない状況にある。ラオスでは上層階級が高級車を乗り回しているのを見かけ、カンボジアではやはり中古車の世界であった。

 資本主義経済、社会主義経済と経済方式の違いはあるが何処の国も貧富の格差を強く感じさせられた。それは都会と農村、会社員と農民という居住地や職業による格差が大きく、地方でも観光地や中継地には新しいホテルやレストランが出来、現金収入を得ている人々がいる。
 夜ともなれば高級レストランにベンツや、ジャガー等の高級車で乗り付ける人々がいる反面、自由化に乗れず今までと同じ生活を維持せざるを得ない農民などの貧民層も多く見られる。カンボジアの観光地では老人だけでなく子供の乞食も多く見られた。

 電気の供給がない村も多く、ラオスのメコン川低速ボートの中継地"PAKBENG"のようにあっても夜の4−5時間と限定されている所も見られる。カンボジアの幹線道路国道5号線や6号線沿いの村々では電気の供給はなく、電気の供給があるのは町中に入ってからである。

 軍事支出はタイが一番多いがGDP比0.43パーセントに過ぎず、これらの5ヶ国と比べ日本の軍事支出は1.4パーセントでありGDP比、総額において異常に高いのが良く解る。

 各数値はCIA WorldFactbookによる。

国名
面積 km2
人口(万人)
GDP(億ドル)
GDP(一人当)
GDP構成
軍事費(万ドル)
ミャンマー連邦
678,500
4,200
(July 2001 est.)
 $637
(2000 est.)
$1,500
(2000 est.)
農業:42%
工業:17%
サービス:41% (2000 est.)
$3,900
(FY97/98)
タイ王国
514,000
6,280
(July 2001 est.)
$4,130
(2000 est.)
$6,700
(2000 est.)
農業:13%
工業:40%
サービス:47% (1999 est.)
$177,500
(FY00) 
ラオス人民民主共和国
236,800
560
(July 2001 est.)
$90
(2000 est.)
$1,700
(2000 est.)
農業:51%
工業:22%
サービス:27% (1999 est.)
$5,500
(FY98)
カンボジア
王国
181,040
1,250
(July 2001 est.)
$161
(2000 est.)
$1,300
(2000 est.)
農業:43%
工業:20%
サービス:37% (1998 est.)
$11,200
(FY01 est.) 
ベトナム
社会主義共和国
329,560
7,990
(July 2001 est.) 
 $1,544
(2000 est.)
 $1,950
(2000 est.)
農業:25%
工業:35%
サービス:40% (1999 est.)
$65,000
(FY98) 
日本皇国
377,835
12,680
(July 2001 est.)
$31,500
(2000 est.)
 $24,900
(2000 est.)
農業:2%
工業:35%
サービス:63% (1999 est.)
$4,300,000
(FY01)

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